東大寺南大門の忘れ物|仕事へのこだわり
過去の数値から仕事をする税理士
数値を活かして過去と未来をつなげる
岐阜市の未来会計士 藤垣寿通です。
おはようございます!
6月に入り、いよいよ夏らしくなってきました。
自宅の近所の川で蛍が見られるので、
一昨日の仕事帰りに寄ってみました。
とても乱舞とはいえない少ない数でしたが、
地元の方々が川をきれいにしてくれているおかげで
毎年、蛍が見られるのだなぁとありがたい気持ちになりました。
岐阜市内でも蛍は見られますよ!
私の好きな言葉のひとつに、
「神は細部に宿る」
というものがあります。
宗教の話ではありませんよ。
仕事に対するこだわりの話です。
もともとは旧い西洋の建築家の人の言葉だそうです。
「細部のディテールまでこだわってこそ全体の美しさが活きる」
こんな意味合いかなぁと解釈してます。
「人が見ないところなんて、
時間かけてられないよ」
という意見はもっともな部分があります。
しかし、仕事のこだわりというのは、
見える部分だけで表現できるものでしょうか?
例えば、
宮大工などの技術は昔から凄いものだったそうですね。
宮大工の仕事は、
外から見えない部分である材木の組み方ひとつにしても、
知恵と技術の結晶なんです。
その建物が将来にわたり在り続けることが、
彼らの誇りであり、こだわりの結果なんだと思うのです。
奈良の東大寺南大門の墨壷の話をご存知でしょうか。
明治の初めに東大寺南大門の修復の際に、
梁の上に墨壷が見つかりました。
一般には名もなき宮大工が忘れていったのだと言われているそうです。
でも、こんな説もあるんです。
墨壷というのは材木を切ったり加工するときに使うもので、
組み上げるときには使わないものです。
そして、重要な大工道具として扱われてきたもの。
それを梁の上に置き忘れるはずがない。
おそらく、ある棟梁の一世一代の最期の仕事として
取り掛かったもので、わざと置いてきたのではないか、
という説です。
自分の代わりに見守ってくれるよう置いてきたのだと。
自分の仕事に誇りがあるから、
こだわりがあるから、
門の梁の上という誰も観ないところに
守り神として墨壷を置いてきたんじゃないかと、
私は勝手に思うんですよ。
それほどまでに自分の人生をかけた仕事ができることが
羨ましいと思うし、
そんな仕事がしたいと願います。
それに対して、
見えないところは手抜きして、
見えるところだけ立派に見せるという仕事は、
確かに儲かるのかもしれませんが、
長くやり続けたいという情熱は湧いてきませんよね。
その気持ちがお客様にも伝わるのではないでしょうか。
お互いが信頼しあってはじめて成果をあげられるので、
信頼関係を築くうえでも、
自分の仕事に対する誇りを失わないようにしたいです。
相手に対して見えてなくても、
その仕事をした自分自身は見えている。
つまり、神は自分自身の中にあるのかもしれませんね。
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